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<<   作成日時 : 2011/08/22 20:49   >>

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金光教は「宗教」と呼ばれることはあっても、自らを「宗教」とは言わない。

その代わりに「道」または敬意を込めて「お道」と呼んだりする。
それは人間として最も人間らしい生き方を示しているという意味で「道」なのだろう。

最も人間らしく、最も大事な生き方とは何かといったら
「神と人と共に生きる」ということ。
金光大神の言葉にあるあいよかけよ≠ノ象徴されている。


「氏子あっての神、神あっての氏子、子供のことは親が頼み、親のことは子が頼み、天地(あめつち)のごとし、あいよかけよで頼み合いいたし」

神と人とが、いわゆる「親子の関係」にあるというのだ。

この神と人との関係が立ち行くように
架け橋となって取次ぐことに生涯を捧げたのが
教祖である金光大神であり、それは現在の金光教で教師とされる者の役割なのだ。
だからこの道では教師のことを「取次者」という。

しかし、この世界で「取次師(とりつぎし)」という
そんな呼び方は今まで聞いたことがなかった。



略歴の続きにはこうあった。

・・・平成十一年に取次師となり、自殺未遂をした金光教尼崎教会の広前にて、神の前立ちとして「取次の業」に専念。
全国各地から、身体、心、財、人間関係、商売、学校、家庭などについて深い苦しみを抱える人々が、老若男女を問わず救いを求めて参ってくる。そして多くの人々が助かり、その中から取次師を目指す者も増えている。


取次師??


正直、この響きと独自性にシビれた・・・
なんだ取次師って。
くやしいけどわかりやすい。的を得ている感じがする。
そんな呼び名は誰も使ってないぞ。やばいよー
この津田先生が勝手にそんな呼び名を作ったのか?


後々、この事を先生にメールで尋ねてみたことがある。
自分も取次師と使いたいのですが、いいでしょうかと (>_<)/
すると、こんな答えが帰ってきた。


「どうぞ使ってください(^-^)
そうですね。先生が使い始めましたね」



次回につづく…

初参拝
http://s.webry.info/sp/saza-nami99.at.webry.info/201108/article_12.html

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